認知症の診断は、認知症と言えるような状態があるのかどうかの病態診断と、もし認知症があるのだとすれば、その原因疾患は何かという原因診断の2段階から成り立っていますが、どちらの診断においても、患者さんの日常生活についての詳細な情報が不可欠です。
このため、診察時には、患者さんご本人だけでなく、その日常生活の様子をよくご存知のご家族や、介護者の方にも一緒にお出で頂くことが必須です。
認知症の中心症状の一つは、健忘症といって最近の出来事を忘れてしまうことですが、健忘症があると忘れたことを忘れてしまいますので、ご本人に質問しただけでは健忘症の有無はわかりません。
逆に、出来事を忘れて失敗したことを具体的によく覚えておられ、本人から詳しく物忘れの内容をお聞かせいただけるなら、健忘症はないだろうという事になります。
また、物の置き忘れやしまい忘れ、あるいは同じものを沢山買い込んでしまう買い溜めや、道に迷ったことがあるかどうかなども、認知症の診断に重要ですが、これらのことも患者さんご本人は忘れてしまっておられることが多いので、やはり生活を共にしていらっしゃる方からの情報が欠かせません。
それと同時に重要なのは、それらの健忘症状が何時から、どのようにして始まったかということです。
認知症という病態は、かつては健全であった知的活動が衰退したために生じるものですから、20年も30年も前から健忘症があるというようなことはありません。
もし何十年も前からそういった症状があるとすれば、まず認知症ではないでしょう。
多くの認知症では、物忘れは何時とはなしに徐々に始まり、年の単位で少しづつ進行していきます。
もし、週の単位、あるいは月の単位で進行していくような健忘症があれば、脳血管性認知症や、薬剤が原因になっている知的能力低下、水頭症、脳腫瘍、あるいは脳の感染症などが疑われます。
健忘症以外の知的能力、特に時や場所に関する認知能力(見当識と言います)、あるいは身だしなみや、清潔、整理・整頓の能力、日常生活上の様々な場面における判断や状況理解の能力などについても、ご家族からの情報は重要です。
これに加え、幻覚や妄想などの症状があるかどうかも、患者さんご本人からうかがっただけではわからないことがあります。
これらのことをうかがった上で、多くの場合には簡単な知能テストを行い、身体的な診察をいたします。
身体診察では、血圧や脈拍数を測定し、眼底を拝見し、顔や手足など様々な部分の運動能力や感覚の状態を調べ、また色々な反射を診たり、歩き方や平衡機能を観察したりします。
これらの問診と診察で、認知症の有無は判定できますし、原因疾患についてのおおよその見当もつきます。
もちろん、血液検査や、画像検査、あるいは脳波の検査も重要ですが、これらの検査は認知症の原因を確定するための補助手段であり、認知症の有無を判定するものではありませんし。
原因診断についても、検査所見だけに頼っていたのでは、正しい結果にたどり着けません。
あくまでも、患者さんとご家族からゆっくりとお話を伺い、入念な診察をしなくては、認知症の正しい診断は出来ないのです。
岩田 誠